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労働基準法の基本

朝日火災海上保険事件判決(最一小判平成9年3月27日)

労働協約によって労働条件を不利益に変更できるのかについての判断が示された最高裁判所の判例として,朝日火災海上保険事件判決(最高裁判所第一小法廷平成9年3月27日判決)があります。同判決では,原則として,労働者の個別の同意や労働組合への授権がなくても,労働協約によって労働条件を不利益に変更することは許されるとしつつも,労働協約が特定・一部の組合員ことさら更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものである場合には,労働協約の規範的効力が否定されて,不利益変更が許されないと判断されることもあり得ることを示唆しています。なお,結論としては,不利益変更を定める労働協約の効力を肯定しています。

ここでは,労働協約による労働条件の不利益変更に関する朝日火災海上保険事件判決(最高裁判所第一小法廷判平成9年3月27日判決)について,東京 多摩 立川の弁護士がご説明いたします。

労働協約による労働条件の不利益変更の可否

労働組合法 第16条

労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は,無効とする。この場合において無効となつた部分は,基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても,同様とする。

労働協約とは,労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する協約であって,書面に作成され,両当事者が署名又は記名押印したもののことをいいます(労働組合法14条)。

労働協約が成立すると,その効力として,規範的効力が生じます。

労働協約の規範的効力とは,労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となり,その無効になった部分および労働契約に定めがない部分は,労働協約の定める基準によるものとなるという効力のことをいいます(労働組合法16条)。

労働組合法は,労働協約と違反する労働契約の内容については特に限定をしていません。

したがって,条文上は,労働協約よりも有利な労働条件を定める労働契約であっても,労働協約に違反すれば無効となり,労働協約が定める不利な内容の労働条件が適用されることになるように思われます。

つまり,労働協約によって,労働条件を不利益に変更できることになりますが,労働者保護の観点からはおかしいようにも思えます。

そこで,労働協約によっても労働条件を不利益に変更することは許されないのではないかが争われることになります。

この労働協約による労働条件の不利益変更について判断を示した最高裁判所の判例が,朝日火災海上保険事件判決(最高裁判所第一小法廷平成9年3月27日判決)です。

結論からいえば,朝日火災海上保険事件判決では労働協約で労働条件を不利益に変更することができるとしていますが,一定の場合には労働協約が無効となり得ることも示唆しています。

>> 労働協約によって労働条件を不利益に変更できるか?

朝日火災海上保険事件判決の事案の概要

朝日火災海上保険事件判決における事案では,経営が悪化してきた使用者側が,労働組合と交渉を行い,その結果,労使間で,定年の年齢を63歳から57歳に引き下げ,退職金支給の基準率が71.0から51.0にまで引き下げる旨の労働協約が締結されています。

これに対して,労働者側が,上記労働協約は,労働条件を不利益に変更するものであり,また,労働者の個別の授権または同意もないから,効力を有しないと主張して争っているという事件です。

>> 朝日火災海上保険事件判決の原文(裁判所サイトから)

朝日火災海上保険事件判決における判断

朝日火災海上保険事件判決は,労働協約による労働条件の不利益変更の可否について,以下のとおり判示しています(一部抜粋)。

本件労働協約は,上告人の定年及び退職金算定方法を不利益に変更するものであり,昭和53年度から昭和51年度までの間に昇給があることを考慮しても,これにより上告人が受ける不利益は決して小さいものではないが,同協約が締結されるに至った以上の経緯,当時の被上告会社の経営状態,同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば,同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず,その規範的効力を否定すべき理由はない。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。本件労働協約に定める基準が上告人の労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできないし(最高裁平成5年(オ)第650号同8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号1008頁参照),また,上告人の個別の同意又は組合に対する授権がない限り,その規範的効力を認めることができないものと解することもできない。

>> 朝日火災海上保険事件判決の原文(裁判所サイトから)

労働協約による労働条件の不利益変更の可否

朝日火災海上保険事件判決において最高裁判所は,上記引用文後段において,最三小判平成8年3月26日を引用し,「本件労働協約に定める基準が上告人(労働者側)の労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできない」としています。

また,「上告人(労働者側)の個別の同意又は組合に対する授権がない限り,その規範的効力を認めることができないものと解することもできない」とも判示しています。

つまり,労働協約によって労働条件を不利益に変更することは,たとえ労働者の個別の同意や労働組合に対する個別の授権がなくても,原則的に許されるという立場をとっているということです。

不利益変更の限界

ただし,どのような場合でも,常に労働協約による労働条件の不利益変更が許されるとまではしていません。

朝日火災海上保険事件判決は,引用文前段において,「同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず,その規範的効力を否定すべき理由はない」としています。

これは裏返せば,労働協約が特定・一部の組合員をことさらに不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど「労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」である場合には,規範的効力が否定される場合があるということを示唆しています。

どのような場合に「労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」として規範的効力が否定されるのかについて一般的基準までは示していませんが,朝日火災海上保険事件判決では,以下の要素が検討されています。

  • 労働者が受ける不利益の有無・程度
  • 労働協約が締結されるに至った経緯
  • 労働協約締結当時の使用者の経営状態
  • 労働協約に定められた基準の全体としての合理性

朝日火災海上保険事件判決の結論

朝日火災海上保険事件判決では,労働者が受ける不利益は小さくないとしつつも,他社から保険業務引継に伴い雇用した労働者と他の労働者との間で労働条件に違いがあったため,それを統一するために締結されたなどの経緯があったこと,使用者の経営状態が相当程度悪化していたこと,変更後の労働条件をみても当時の損害保険業界の水準と対比して低水準のものとはいえないこと等を認定しています。

その上で,これらの事情に照らすと,「労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」とはいえないので,規範的効力を否定すべき理由はないと判断しています。

朝日火災海上保険事件判決以降の裁判例

朝日火災海上保険事件以降の裁判例では,同判例と同様,労働協約によって労働条件を不利益に変更することは可能であるとしつつも,一定の限界があることを認めた上で,労働協約の有効性を判断するものが多くなっています。

朝日火災海上保険事件判決では,「労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」として規範的効力が否定されるかどうかの判断要素として,労働協約の内容面を挙げています。

これに対して,朝日火災海上保険事件判決以降の裁判例では,内容面を要素とするものもありますが,むしろ,手続面(手続的な瑕疵があるかどうか)を判断要素の中心とするものが多くなってきています。

なお,朝日火災海上保険事件判決では,規範的効力を否定すべきかどうかについて一般的規範を定立しているわけではありません。また,それ以降も最高裁判例では一般的規範を定立したものはありません。

ただし,下級審裁判例には,朝日火災海上保険事件判決等を整理し直して一般的規範として示したものがあります。

例えば,中央建設国民健康保険事件控訴審判決(東京高等裁判所平成20年4月23日判決)は,以下のように判示しています。

労働協約は,労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として労働者が自主的に組織する労働組合(労働組合法2条)と使用者との間の労働条件その他に関する合意であり(同法14条),労働者の自主的組織である労働組合と使用者との合意としてその効力は労働契約についても規範的な効力を有し(同法16条),当該労働協約が特定の又は一部の組合員の労働条件を不利益に変更するものであっても,直ちにその規範的効力を否定することはできず,当該労働協約が労働条件に関する一般的基準の定立を目的とせず特定の又は一部の組合員の労働条件を取り上げ,あるいは一般的基準の形式をとりながらもこれらの特定又は一部の組合員の労働条件の変更を企図するなど,殊更にこれらの特定又は一部の組合員を不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものと認められる場合にはじめてその規範的効力が否定されると解するのが相当である。そして,労働組合の目的を逸脱して締結されたものと認められるか否かの判断にあたっては,労働協約の内容が労働条件を労働者に不利益に変更する結果となることにとどまらず,①当該労働協約が締結されるに至った経緯,②当時の使用者側の経営状態,③当該労働協約に定められた基準の全体としての合理性等を考慮するのが相当である(最高裁平成9年3月27日第一小法廷判決,集民182号673頁参照)。

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