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労働基準法の基本

労働協約で労働条件を不利益に変更できるか?

労働協約よりも有利な労働条件を定める労働契約であっても,労働協約に違反する場合には,協約の規範的効力により無効とされ,協約で定める労働条件が適用されるのが原則と解されています。ただし,労働協約にも協約自治の限界があり,「労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」である場合には無効とされることがあります(朝日火災海上保険事件判決を参照。)。労働組合の目的を逸脱して締結されたものであるかどうかの判断に当たっては,正当な手続が履践されていたか(手続に瑕疵はないか),内容に必要性・合理性があるのかによって判断するのが一般的です。

ここでは,労働協約で労働条件を不利益に変更できるのかについて,東京 多摩 立川の弁護士がご説明いたします。

労働協約の規範的効力と労働条件の不利益変更

労働組合法 第16条

労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は,無効とする。この場合において無効となつた部分は,基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても,同様とする。

労働協約とは,労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する協約であって,書面に作成され,両当事者が署名又は記名押印したもののことをいいます(労働組合法14条)。

労働協約が成立すると,規範的効力が生じます。

労働協約の規範的効力とは,労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となり,その無効になった部分および労働契約に定めがない部分は,労働協約の定める基準によるものとなるという効力のことをいいます(労働組合法16条)。

この規範的効力に関して問題となるのが,労働協約によって労働条件を不利益に変更できるのかどうかという点です。

これは未払い残業代等請求においても問題となることがあります。

例えば,使用者が,思いのままに動かせる,いわゆる御用組合を利用して,固定残業代制度など未払い残業代等請求額を減額または消滅させてしまう労働協定を締結し,これを反論として主張してくるような場合です。

このような場合でも,労働協約による労働条件の不利益変更が認められるかどうかが問題となってくるのです。

>> 労働協約の効力とは?

有利な労働契約でも無効になるのか?

前記労働組合法16条は,「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は,無効とする」と定めるのみで,違反する労働契約の内容については何も触れられていません。

そこで,労働協約よりも労働者にとって有利な労働条件を定める労働契約であっても,労働協約と矛盾していれば無効となり,不利な労働条件を定める労働協約に差替えられてしまうのかどうかが問題となってきます。

この点,ドイツなどでは有利性の原則(有利原則)がとられています。

有利性の原則とは,労働協約よりも労働者にとって有利な労働条件を定める労働契約は,労働協約と矛盾していても,なお有効であるとする原則のことをいいます。

上記のとおり,労働組合法には労働契約の内容については何も触れられていません。有利性の原則についても規定はないので,解釈によって決することになります。

この有利性の原則の適用の有無について明確に判断した最高裁判所の判例はまだありません。

もっとも,結論として労働協約による労働条件の不利益変更を承認していることから,一般的には,裁判所は有利性原則の適用を否定しているものと考えられています。

学説においても,我が国の労働協約においては有利性の原則は適用されないと考えるのが多数説です。

そうすると,労働協約よりも労働者にとって有利な労働条件を定める労働契約であっても,労働協約と矛盾していれば無効となり,不利な労働条件を定める労働協約に差替えられるのが原則ということになります。

つまり,労働協約によって労働条件を不利益に変更することができるのが原則ということです。

なお,学説では,労働協約当事者の意図を第一次的に考えるべきであり,意図が不明の場合には有利性原則を肯定すべきであるという考え方も有力とされています。

労働協約による労働条件変更に限界はあるか?

前記のとおり,有利性の原則が適用されず,労働協約によって労働条件を不利益に変更することができるのが原則であると考えたとしても,常に不利益変更が認められるとするのは労働者の利益を大きく害するおそれがあります。

そこで,労働協約の規範的効力にも一定の限界があるのではないかということが問題となってきます。

労働協約は,労働組合と使用者側との間の契約としての性質を有しているため,私的自治の原則の領域にあります。

つまり,どのような協約を締結するかは,労働組合と使用者側との間での問題であり,外部的な規律,特に司法審査を受けないのが原則であるということです。これを協約自治と呼ぶことがあります。

労働協約の規範的効力の限界とは,この協約自治に限界があるのかという問題です。

朝日火災海上保険事件判決(最一小判平成9年3月27日)

労働協約の規範的効力の限界について判断をした最高裁判所の判例としては,朝日火災海上保険事件判決(最高裁判所第一小法廷平成9年3月27日判決)があります。

朝日火災海上保険事件判決は,以下のとおり判示しています。

本件労働協約は,上告人の定年及び退職金算定方法を不利益に変更するものであり,昭和53年度から昭和51年度までの間に昇給があることを考慮しても,これにより上告人が受ける不利益は決して小さいものではないが,同協約が締結されるに至った以上の経緯,当時の被上告会社の経営状態,同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば,同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず,その規範的効力を否定すべき理由はない。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。本件労働協約に定める基準が上告人の労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできないし(最高裁平成5年(オ)第650号同8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号1008頁参照),また,上告人の個別の同意又は組合に対する授権がない限り,その規範的効力を認めることができないものと解することもできない。

>> 朝日火災海上保険事件判決の原文(裁判所サイトから)

朝日火災海上保険事件判決は一般的規範を定立したものではありませんが,上記判示のとおり,労働協約が「労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」である場合には,規範的効力が否定されることがあり得ることを示唆しています。

そして,労働協約が「労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」であるかどうかについては,以下の諸点を総合的に考慮するという立場をとっています。

  • 労働者が受ける不利益の有無・程度
  • 労働協約が締結されるに至った経緯
  • 労働協約締結当時の使用者側の経営状態
  • 労働協約に定められた基準の全体としての合理性

この判断方法からすると,朝日火災海上保険事件判決は労働協約の規範的効力の限界・協約自治の限界について,主として労働協約の内容の合理性を判断の要素としているといえます。

結論的には,「労働協約に定める基準が上告人の労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできない」などと判示して,労働協約が有効であるとしました。

>> 朝日火災海上保険事件判決(最一小判平成9年3月27日)

下級審裁判例

上記朝日火災海上保険事件以降の裁判例では,同判例と同様,労働協約によって労働条件を不利益に変更することは可能であるとしつつも,一定の限界があることを認めた上で,労働協約の有効性を判断するものが多くなっています。

ただし,下級審裁判例には,労働協約の有効性を判断するにあたって,朝日火災海上保険事件のように労働協約の内容面を中心に判断するのではなく,手続面の要素も加味して又は手続面を中心に判断しているものがあります。

中根製作所事件判決(東京高判平成12年7月26日)

中根製作所事件判決(東京高等裁判所平成12年7月26日判決)では,53歳以上の従業員の月額給与を最高20パーセント以上減額し,また,全労働者の賃金を一律減額する措置を定めた労働協約の有効性が争われています。

同判決では,労働協約の締結が労働組合における組合大会の付議事項であったにもかかわらず,労働協約締結にあたって組合大会で決議されたことはないから,労働組合の協約締結権限に瑕疵があり,労働協約は無効であると判示しています。

また,労働協約に基づく給与減額措置についても,内容に必要性も合理性も認められないので,労働者の同意なく実施できるものではなく,無効であるとしています。

中根製作所事件判決は,協約自治の限界について,主として手続面から無効であるとの判断をしているといえます。

鞆鉄道事件判決(広島高判平成16年4月15日)

鞆鉄道事件判決(広島高等裁判所平成16年4月15日判決)では,56歳以上かつ希望退職に応募しなかった従業員の基本給を一律30パーセント減額する労働協約の有効性が争われています。

同判決では,労働協約の締結が組合大会の決議事項とされているにもかかわらず,当該協約締結に当たって組合大会で決議されたことがないこと,不利益を受ける立場にある者の意見を十分に汲み上げる真摯な努力をしているとも認められないことから,協約締結手続に瑕疵があるとしました。

加えて,勤続年数や基本給の多寡を全く考慮せずに一律減額することには合理性がないこと,56歳からの退職金分割支払いは代償措置になりえないことなどから,手続的に瑕疵があるだけでなく,内容的にも合理性を欠くとして,当該協約の規範的効力が認められないと判断しています。

鞆鉄道事件判決では,協約自治の限界について,手続面と内容面の両面から判断をしているといえます。

中央建設国民健康保険控訴審判決(東京高判平成20年4月23日)

中央建設国民健康保険事件控訴審判決(東京高等裁判所平成20年4月23日判決)では,朝日火災海上保険事件判決を引用しつつ,「労働組合の目的を逸脱して締結されたものと認められる場合」には規範的効力が否定されるという一般的な規範として定立しています。

そして,労働組合の目的を逸脱して締結されたものと認められるか否かの判断要素として,以下の要素を挙げています。

  1. 当該労働協約が締結されるに至った経緯(手続の適正)
  2. 当時の使用者側の経営状態(内容の必要性)
  3. 当該労働協約に定められた基準の全体としての合理性(内容の合理性)

なお,中央建設国民健康保険事件控訴審判決は,結論的には当該労働協約を有効としています。

ただし,同控訴審判決の原審(東京地判平成19年10月5日)は,逆に当該労働協約の効力を否定しています。

学説の見解

学説においても,労働協約の規範的効力には一定の限界があると考える見解が多数説とされています。

協約自治の限界について,学説においては,前記判例のように労働協約の内容から判断すべきであるとするもののほか,組合員の意思集約手続の有無や団体交渉のプロセスなど労働協約締結に至る手続面から判断すべきであるとするもの,内容面・手続面の両面から判断すべきであるとするものがあります。

なお,所定時間外労働や休日労働は,労働者の私的領域に属する時間を職業生活時間に転換するものであるから,個々の労働者の同意が必要であって,労働協約によって決定することはできないという見解もあります。

労働協約による労働条件変更に限界はあるか?

前記のとおり,未払い残業代等請求においても,労働協約による労働条件の不利益変更の可否・限界が問題となることがあります。

裁判例・学説ともに,有利性の原則の適用については否定的ですが,労働協約の規範的効力にも一定の限界があることを認めるものが多数です。

そして,労働協約の協約自治の限界については,前記中央建設国民健康保険事件控訴審判決が示したように,手続の適正と内容の必要性・合理性の両面から判断するのが近時の裁判例の傾向でしょう。

そうすると,未払い残業代等請求において,使用者側から労働協約による労働条件の不利益変更が主張された場合には,有利性の原則が適用されることを主張しつつも,労働協約にも限界があることを主張し,その上で,手続に瑕疵があることや,内容的に必要性・合理性がないことを具体的に挙げていくことになります。

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